拝館者の声 voice


2014/01/01 拝観者の声(平成25年)

遊就館出口に置かれた自由記述ノートには、多くの拝観者から率直なご意見・ご感想が記されています。
ここでは、その一部をご紹介いたします。
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【1月】

6年ぶりの参拝となりました。今ある命、感謝の気持ちを常に忘れず生活していきます。戦争で亡くなった方々は皆、後に残る人々の健康、幸せを願っていました。その想いを裏切ることのないよう、日本という素晴らしい国をこれからもずっと残していくために社会に役立つ自分でありたいです。ありがとうございました。

《 女性 M 》
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今がどれだけ幸せであるか気づかされた。みんなが毎日笑顔でいれる、そんな日々がいつまでも続けばと願う。ここに来て気づかされたことを今後の自分に生かし、よりよい平和を築いていけるよう日本人の一員として頑張ろうと思う。
          
《 19歳 学生 》
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【2月】

母は、東部軍指令部女子通信隊に居り、幼い頃は、今の北朝鮮国境警備隊長であった父(私にとっては祖父)と家族で大陸に行っていたそうです。たくさんの日本人が故郷の日本人だけではなく、他国民を守るため命を落とされたことを幼い頃より聞いております。その母も今年86歳になります。当時、共に勤務した仲間の多くはもうおられません。母も体が弱まり、東京に、靖国神社に参ることは叶わなくなりました。私は多くの方々が守って下さった日本を大切にします。日本のために、残りの人生の中でお役に立ちたいと思います。

《 女性 H 》
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毎回、この遊就館を訪ね、拝見させて頂く度に痛切な想いと「では現代に生かせてもらっている者としてこの事実を今の日本のために、これからの日本のためにどう活かそう」という今の自分に問いを意識します。我々現代人にとって大切な事は、観て感じるだけではなく、小さくても国を愛する心を養う行動を続けることのように考えています。御英霊の皆様が本当に未来に託したものを意識します。

《 26歳 》
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【3月】

私は春から小学校の教壇に経ちます。歴史を学ぶ意味に触れ、生きることの価値を知ったように思います。イジメ、不登校、体罰と命の尊さが、生きることの素晴らしさが、軽視されている今こそ、私達の国、日本を守って下さった方々のことを知れ、良かったと思っています。愛する人のため、自分のために命は大切にせねばならないということを伝えていきます。その時代のことは、その時代の人にしか分からないからこそ、こうやって学びに来たいと思います。学べることに感謝をし、教え育む子供達が学び続けられる社会を願って…

《 女性 》
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靖国神社に祀られているのは個々の英霊の業績や行跡ではなくて、あくまで御霊すなわち魂であってそこには上下関係もなければ善し悪しもないのだと思う。それは東条英機首相や硫黄島戦線の名将、栗林大将の御遺影も他の一般将兵の御遺影と同列に顕彰されていることからも伺えます。当神社の分け隔てのない誠実な思いが伝わってくるように思います。

《 M 》
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【4月】

2人の男の子の母親です。毎日毎日ケンカをしたり、一方的にあれしてこれしてと、いいながら子育てって大変…と思って過ごしています。いつの時代も、どんな世の中でも親は子を思い、子は親を思って生きているのだと改めて思います。今日、明日生きているだろう事に感謝して、また今日、今を一生懸命生きていって日本のために誰かのために自分のために生きていってほしいと心から願いました。

《 無記名 》
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本日、日本人として知っておくべき歴史を知る事ができました。戦争は悲しいですが、愛がすべての原動力になっていて、人を愛する気持ちがたくさんつまった館内でした。日常のつまらないことに思い悩む自分にたくさんの御遺影を前にして「だってあなたは生きているんでしょう?」と言われた気がしました。明るく元気に生きていくのが、一番の供養になるんですね。

《 無記名 》
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【5月】

14年前に祖父が亡くなりました。80歳でした。祖父は南方へ戦いに行っていたようです。毎日食べるものが無く、戦友たちはどんどん亡くなっていったようです。生前、祖父は戦争の話をまったくしませんでした。上記の話は祖母から聞いたものです。小学生のとき「戦争の話をおじいちゃん、おばあちゃんから聞いてきましょう」という夏休みの宿題があり、祖父に話をねだりましたが、なんとも表現しにくい表情を見せただけで何も話しませんでした。きっと口にしたくない程、辛く悲しい経験だったのだと思います。「もっと生きたい」と望み食べ物をもとめて海に入った戦友たちは逆に体力を失ってなくなっていったそうです。祖父は独身で兄弟も多かったため「自分は死んでも良い」と思っていたのだと思います。だから遊就館と靖国神社には是非来たかったのです。祖父が生きて帰って来られたのは奇跡です。一緒に戦った戦友の方がいてこそだと思います。「本当にありがとうございました」と伝え続けたいです。

《 N・Y 》
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「私の命は桜のように終わるのでしょう。」先ほど、家族への手紙で見つけた言葉です。もちろん、これから先、自分に何が起こるか分からなかったと思います。それを考えると、ただただ涙が止まらなくなりました。同じ日本人として生まれたのに…ただ時代が違うだけで…。そう思うと同時に、もう一つの「この大切な命を大切に使う」という思いが生まれました。僕は現在、航空自衛隊のイーグルドライバーになりたいと思っています。自分の命で皆さんをしっかり守れるような自衛官になりたいと思いました。そして、家に帰ったら両親に言いたい言葉も見つかりました。「お父さん、お母さん、この日本に僕を生んでくれてありがとう!」

《 17歳 男性 》
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【6月】

皆若くして国の為にと潔く命を捧げている。今の若者にはない心持ちであったのではないか。考えもしっかりして、字もきれいな字を書く。自分も含め今一度気持ちを改めなければ日本は良くならない。のではと感じた。

《 40歳 》
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14歳やっと来ることが出来ました。私は、特に特攻隊で若くに命を失った青年たちのとてつもない、せつなかったろう気持ちを思うと涙が止まりません。自分の息子にもぜひ見てほしいと思います。この丗に生きている人達、全員が来るべき場所です。

《 無記名 》
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【7月】

韓国から来ました。日本語専攻をやっている大学生です。いつもここは韓国にとって問題化されていますが、私にとってここに来たことは大変勉強になりました。「韓国人だから」とか「日本人だから」などの感情も大切ですが、もっと理性的になって、ここに来る決心をし、来ました。そして、本当に勉強になりました。これからも日本との関係において、もっと良い未来が訪れるよう、祈ります。韓国と日本、もっといい関係になるように。

《 無記名 》
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日本を守ってくださり、ありがとうございました。ここ靖國は再会の場所なのですね。大切な場所です。今までずっと国の為に戦争に勝つ為に命を捧げるということが何か間違っているように感じていました。初めてこちらへ訪れ、お一人お一人の生き方には何一つ間違いは無かったと分かりました。私も日本人として「ニッコリ」笑って強く生きます。

《 H 》
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【8月】

正直、僕には愛国心というものがあまり理解できなかった。テレビや本でも「自分の生まれた国を大切に思うのは当たり前だ。」という言説に出会う度に言葉は意味を理解できるが、共感がどうしてもできなかった。もしかしたら自分は感謝の気持ちが足りないのかもしれない。そう思っていた。今日、初めて遊就館を訪れて「英霊のみことば」というコーナーで自分と年の変わらない若者たちの手紙を読んだ。展示されていた「僕は唱歌が下手でした」という歌を読んで涙が止まらなくなってしまった。そこにある言葉は僕の心を揺さぶり続けた。たった数十年前に自分と変わらぬ年の若者たちが死をもってして家族を守るために戦った。日本を守るために戦ったのだ。その気持ちは紛れもなく美しかった。そう思った時、僕の心には自然と感謝の念が生まれた。そして彼らを尊敬する。戦い心で行った多くの人が「靖國で会おう」と遺書に書いて、亡くなっていた。その気持ちを踏みにじってはいけない。現代に生きる日本人ならば靖國神社に訪れるべきだと思った。

《 無記名 》
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沖縄県出身です。沖縄では「英霊」として尊敬の念を向けることはほとんどなく、「戦は悪である」という教育ばかりです。ここへ初めて来てとても感動しました。英霊たちの「大日本は神国である」という言葉がとても胸に響きました。全て沖縄県民に見て欲しいと思いました。今の歴史教育はゆがんでいます。このままでは、被害者意識と反日感情へ向かっています。これからも微力ながら神国日本を取り戻し、繁栄する国へと変えていけるようこの国をお支えしていきたいです。

《 24歳 女性 》
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【9月】

主人に連れてこられました。特に興味はなかったのですが、認識が一変しました。大人になってから来てよかったです。遺書を読むと涙が止まりませんでした。戦争はいけない、と教えられるだけでは足りないことが沢山ありました。連れてきてくれた主人に感謝いました。

《 女性 》
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以前から一度参拝、見学したと思っていました。ようやく今日、実現しました。明治以降の日本、私達のほんの少し前の先祖がいかに苦労して、新しい時代を作りあげてきたか。またそうしなければならなかった強い意志をこの施設で感じる事ができました。生き抜いた人も死んでいった人も、皆、大きな目標・目的のために自分の命を使ったのだと思います。正直、今の国家が命を落としてまで守り抜くべきものとかは考えていませんが、自分が今、何の為に命を使っているのか、又、使うべきなのかを日々考えて後悔しない生き方をしていきます。
          
《 無記名 》
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【10月】

先人達の想いに触れ、その想いを継承する。それが今の私達にできること。今日本は大転換期を迎えているからこそ、日本の為に自分に何ができるのかを一人一人が考え実行することが、50年、100年後の日本を創ると思う。単に戦争反対ではなく、多くの若者の血が流れた事実を忘れてはならないし、若者の志がこの国を創った。感謝すると共に、明治天皇様の御製に「いそのかみ 古きためしをたづねつつ 新しき世のことも定めむ」温故知新とでも言えるでしょうか。古きよき伝統を守り、新しい時代に新しき伝統を築きあげる。僕たちがまたこの国を守り続けます。

《 25歳 男性 》
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10数年ぶりに拝観させて頂きました。40にして初めて娘を持つ身になりますが、まだ見ぬ子と妻を残して亡くなっていった先人の方の遺書に涙が出ました。日々の生活に辛く思うことはあっても、国や家族を想って亡くなった方々の思いを私達現代人は忘れてはいけないと感じます。  
            
《 40歳 》
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【11月】

11月11日で20歳になりますが、その前に今一度日本について、戦争について、死について、生について、責任について考えることができてよかったです。遺書はどれも潔白とした内容で死に執着していると感じられる書はありませんでした。20歳になる私はこのような書が書ける自分になっているでしょうか。自分を正すために何度も来ようと思います。ありがとうございました。
           
《 19歳 女性 》
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もっと時間のとれるように来れば良かったと思いました。思いがけず胸熱くなる思いがします。戦中派の母が今病床にあり、なかなか昔の話を聞けなくなっています。今のことはすぐに忘れてしまう母が、昔のことはしっかり覚えていて、少し前まではよく話してくれました。あの時代があって初めて今なんだと思います。今日ここに来られたこと、とても感謝しています。

《 無記名 》
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【12月】

正直難しい事はわかりません。ですが、何が正しくて何が悪いかという考えにとらわれずに、日本の為、家族の為に戦っていただいた先輩方には感謝の気持ちしか出てきません。これからも大切な人の為、家族の為に頑張っていこうと思いました。

《 25歳 》
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戦争を改めて知りました。学校などの勉強では教えてくれないことも、今日がきっかけで知ることができました。この戦争中にあった出来事は無駄にしてはならないと思いました。様々な戦争や戦争で亡くなった人、戦争で苦しんだ人からとても学べました。今後の日本は、平和で世界に貢献できるような国であってほしいです。そのために、私達一人一人が国は平和でなくてはならないという心を持つことが大切だと思いました。そのためにこの遊就館に訪れてほしいと思いました。

《 12歳 女性 》
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